無理せずできる合宿免許
積極果敢な拡大策が裏目に出て、安売りブランドのイメージが定着し、負の連鎖に陥った時代とは様変わりです。
比較的年齢層の高いユーザーには、依然昔のマツダのブランド・イメージを払拭することができませんが、若いユーザーにはマツダのブランドは非常に魅力的に響くスポーテイかっ佃吐的なブランドに転換してきているようです。
このようなブランド戦略が具現化し大きな成功を収めた商品が「アクセラ(海外名「Mazda3」)」です。
「アクセラ」は米国、カナダ、欧州、豪州などで長期的なヒットモデルとなり、現在のマツダの収益拡大を牽引してきました。
中国市場の成功も、近年のマツダの成長を支える要素です。
「アテンザ(現地名「Mazda6」)」などのヒットモデルと、ブランド戦略の成功を受け、日本車ブランドで第3位となる成果を得ています。
欧米に続く重要な成長市場を獲得したことは、長期成長戦略を窺う上で非常に重要な進展と考えられます。
概ね再建を果たしたマツダにも、依然、3つの克服すべき重要な課題が残ると考えます。
第1は、2,500億円に及ぶ借り入れ債務の圧縮です。
最悪期には6,000億円近くにまで膨張し、マツダを財務的な危機に追い込んだ純有利子負債(有利子負債から現預金を差し引いた実質的な借り入れ負担)は、2005年度には2,500億円まで改善しました。
資産売却とキャッシュフロー重視経営が一時は危機的な状況にあった財務体質を、大きく改善させました。
しかし、財務の健全性を測る純有利子負債一純資産比率は62%と高く、磐石とは言えません。
借入金を返済し、無借金経営に復帰するまでは、財務リストラのゴールに到達したとは言えないでしょう。
今後、設備投資の増大が予測されるだけに、難しい財務運営を迫られます。
エクイティファイナンス観測が後を絶たないことも、このような背景があるからでしょう。
第2は、米国事業基盤の強化にあります。
米国で稼ぐトヨタ自動車やホンダとは対照的に、マツダの米国での収益力は著しく低い状況です。
米国事業が儲からない(儲からなかった)のは、安売りを進めた過去の経営施策の失敗にあると言えます。
マツダが目指す連結営業利益率6%の達成は、米国収益基盤の強化と成長なしには実現は困難です。
再建の鍵を握るのは2008年にもモデルチェンジが予想される次期「Mazda6」となりそうです。
第3は、長期成長を支える生産能力の整備です。
世界生産能力150万台体制を、どのような、地域・時間・商品の戦略に成り立たせるのか、今後の方向性は、マツダの持続的な成長と収益力を見届けるうえで非常に重要と考えます。
現在の生産能力は125万台でほぼ限界です。
2007年度にもほぼ能力の限界に到達するでしょう。
中国とタイの公表済みの設備増強計画に加え、長期的に欧州・米国での生産基盤強化が重要な課題となります。
どの地域に生産基盤を確立するかは、高い為替感応度をいかに克服するかという経営課題にもつながります。
現在、世界販売に占める国内生産比率は80%にも達し、国内生産に占める輸出比率は70%にも達しています。
1円の為替変動は、ドルで20億円、ユーロで15億円、カナダドルで9億円、豪ドルで7億円の営業利益変動要因と試算され、仮にこれらの通貨が全て同一方向に1円変動した場合、50億円もの営業利益が変動することになります。
為替変動に翻弄される脆弱な収益構造から脱却するには、海外投資を促進しなければなりません。
一方、海外進出は、多大な財務負担を強いられるだけでなく、現地市場の需要変動リスクを強く受けることになります。
現在のマツダは、重大な経営判断を迫られる局面にあると言えます。
スズキは、日本国内と新興市場での軽自動車、小型乗用車に強みを持つだけでなく、二輪車事業では世界第3位のメーカーです。
日本では、日本独特の規制市場である軽自動車でトップシェアを有します。
新興自動車市場ではインドで50%、インドネシアで15%、中国で5%の市場シェアを持ちます。
1909年に鈴木式織機製作所として発足し、52年にエンジン付自転車で輸送機業界に参入しました。
55年には「スズライト」で四輪車市場に参入します。
排気ガス規制への対応が遅れ、一時は窮地に立だされますが、鈴木修社長(現会長)の強いリーダーシップとトヨタ自動車・ダイハツ工業の支援もあり、再建を果たします。
そして1979年の「アルト」のヒットで、一転、飛躍の時を迎えます。
海外に対しては、早くからGMと連携を深め、小型車市場の強化を急ぐGMに対し、1984年に「カルタス/スプリント」で米国向け完成車輸出を開始します。
その後、1989年のカナダで「エスクード」、「カルタス」を現地生産する合弁会社CAMI設立へ発展します。
一方でアジア市場への展開が速く、1982年にパキスタン、インド、中国へ早期に進出し、現在の基盤を築きました。
2002年にインド最大の自動車メーカーのマルチ(Maruti)社、同年11月にはインドネシアでの自動車/二輪車生産販売合弁会社インドモービル・スズキ(ISI)を子会社化し、独白のアジア展開を強化しています。
2001年にGMは出資比率を20%に引き上げ、GMグループ強化に動きます。
しかし、2006年には一転してGMの財務再建の余波を受け、出資比率が3%へ引き下げられることになります。
GMグループを離脱し、新たな展開を探る重要な時期に差し掛かっています。
スズキは、業容を最も急速に転換しているダイナミックな会社と言えるでしょう。
これまでは、どちらかと言えば、国内の軽自動車市場や一部の新興国でのプレゼンスに偏った、「国内軽自動車トップ」という冠の似合う会社でした。
しかし、現在のスズキは、「世界の小型車メーカー」への進化のプロセスのただ中にいると言えます。
2005年5月にスズキが市場に公表した「中期経営計画」は、「1兆円」という多額の積極投資を含んでおり、「スズキショック」と呼ばれる株価急落を引き起こしたほどのインパクトがありました。
この中期経営計画は、スズキがニッチ戦略から本格的なグローバル・スモールカー・メーカーへの進化を遂げるための戦略転換と位置づけてよいでしょう。
品質とコストに優れる魅力的な新製品を市場に投下することで、ブランドバリューを向上させ、世界的なグローバル・スモールカー・メーカーへの成長を目指しています。
2005年3月、経営再建中のGMは、スズキの保有株(20%)の内、17%の売却を実施しました。
長年の友好関係にあったGMとの決別を意味する重大な出来事です。
巨大なGMグループを離脱し、大海に放たれたのです。
GMとは、カナダでの自動車生産合弁工場、小型車共同開発事業、エンジン技術提携、完成車相互商品供給などを各地域で進めてきました。
ただ、提携効果の意味が大きかったのは相対的に規模が小さいスズキであり、GMには満足の結果とは言えなかったと推察されます。
GMとの連携によって、自動車開発の基礎技術を獲得するという点で、スズキは多大なメリットを享受してきたと考えられます。
日本独特の軽自動車メーカーが、世界的な小型車メーカーへと成長した背景には、GMとのアライアンス・シナジーが少なからずあったと考えることが自然です。
GMグループを離脱したスズキは、長期的な視野に立ち、新たな戦略提携へ発展する可能性があります。
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